日本の文化に於いて、季節の移り変わりは非常に重視されてきたのはよく知られていることです。そのこともまた日本語で反映されているので、天気や気象などの言葉はとても多いです。日本語を学んでいる西洋人はそれを充分に理解できないことがおおくて、「雹」や「氷雨」の微妙な差なども*分からなくて文句でも言うことも頻繁にあります。

それ故に、日本人も西洋人も西洋の言語において天気や気象の言葉の豊かさをよく見落としてしまうことになります。実際、西洋の言語にも季節の移り変わりや自然の美しさにの敏感さが窺えます。けれども、日本と違って、それを表現することばは季節に合わせたものや、気象を描写するものなどではなく、人の気持ちに調和させられたことは普通です。

例えば、「雨」を考えてみましょう。日本語なら、「五月雨」、「春雨」、「時雨」、「小雨」などという雨の種類が存在します。期待通り、凡ては季節に合わせたものや雨の降り方を表すものです。

西洋語は異なっています。あめのこと、怒りや絶望の気持ちを込めて、「糞雨」といいます**。

::用例:

1.丁度出かけたところで降ってくる雨は「糞雨」という場合が多いです。

1A.出かけて、家から離れたところで、雨が降ってきたら、傘を持つのを忘れたと気づいたところでもまた、自分の運の悪さを罵って言いたくて、なかなか「糞雨」だけでどこかで不足することを感じて、よく何回も何回も「糞雨」と繰り返すことが多いです。

2.新しい絹のドレスを着て、雨が降り始めて、何度も何度も「糞雨」といわないと周りの西洋人は変だと思う可能性は高いと思います。

3.遠足しようと思って、目的地に着いて、雨が降ってきたら普通は「糞雨」といいます。

4.一週間ぐらい雨が続いて、もう我慢できないと思った途端に、やっと晴れてきますが、出かけたら、また雨に降られてしまうときは必ず「糞雨」といいます。

そういう風に、自分の現実に対しての気持ちを込めて、場面にことばを合わせて話すというのは西洋の掟です。

*私なら、さっぱり分かりませんが。

** 英:Fucking rain, bloody rain, bloody fucking rain, 波:Zasrany deszcz, pieprzony deszcz, cholerny deszcz等々、独:verfluchter Regen, verdammter Regen。他の言語にも十二分にありえますが。

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